神戸地方裁判所 昭和38年(ワ)1214号 判決 1965年5月25日
主文
被告らは各自連帯して原告木原覚に対し金参拾万壱千壱百四拾六円、原告木原富子に対し金弐拾四万七千四百拾五円及び右各金員に対する昭和三八年九月一五日より右完済迄年五分の割合の金員を支払え。
原告らのその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
この判決は第一項に限り、原告ら各自において被告ら各自に対し金五万円の担保を供するときは仮に執行できる。
事実
原告ら訴訟代理人は「被告らは各自連帯して原告木原覚に対し金八〇万四五〇一円、原告木原富子に対し金三九万円、及び右各金員に対する昭和三八年九月一五日から右完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」
との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求を原因として、
一、昭和三八年九月一四日午後六時一〇分頃、原告らの長女訴外木原尚子(昭和三四年一〇月七日生)は訴外黒崎えみ子(当四〇才)の保護の下に、神戸市兵庫区松原通五丁目の九、神戸市職員厚生病院前道路を南側より北側へ横断し、まさに歩道上に上ろうとしていた際、折柄被告今北は被告会社所有の軽四輪貨物自動車を運転して右道路上を東進中、前方注視義務を怠り漫然運転した重過失によつて、右横断中の同女に自車を激突させ、そのため同女をして脳底骨折により即死せしめた。
二、よつて被告会社は右自動車の保有者として、自動車損害賠償保障法第三条により、被告今北は右過失による不法行為責任により各自連帯して被害者木原尚子及びその父母である原告らの蒙つた以下の損害を賠償する義務を負う。
三、原告らの家庭は中流家庭であつて、被害者亡尚子を本件事故で失う迄四年間、原告らは物心共に養育に尽くし、その養育料も四〇万円を下らない。
そして同女は生存していれば当然新制高校に進学し、一八才で卒業後就職し、両親の許で扶養を受けながら二六才に至る八年間、通常一般女子労働者としての収入を得ることができた筈である。労働大臣官房労働統計調査部賃金統計課「賃金実態総合調査結果報告書」(昭和三六年)によると全国女子労働者の平均年令二六、六才、平均月間給与額は金一万九八二円であるので、右被害者は右八年間右平均月収の純収入を得、本件事故により右と同額の得べかりし利益を喪失したこととなるから、ホフマン式計算により中間利息を控除してその現価を計算すると、右損害の合計は金五〇万一八三三円である。
そして被害者の両親である原告らは各二分の一宛右損害賠償請求権を相続した。
そこで原告らはつぎのとおりの損害賠償請求権を取得した。
(一) 原告木原覚の請求金額
1、葬祭費用合計金九万四五〇一円、内訳は別紙第一目録のとおり
2、墓碑建立費用金二六万円、内訳は別紙第二目録のとおり
3、被害者の前記損害賠償請求権の相続分の内金二五万円
4、慰藉料金四五万円
以上合計金一〇五万四五〇一円
(二) 原告木原富子の請求金額
1、被害者の右損害賠償請求権の相続分の内金二五万円
2、慰藉料金三九万円
以上合計金六四万円
なお原告らは各金二五万円宛責任保険金を受領したので、右各請求金額よりこれを控除する。
よつて被告らは各自連帯して右金員を控除した原告木原覚に対して金八〇万四五〇一円、原告木原富子に対して金三九万円、及び右各金員に対する本件事故の日の翌日である昭和三八年九月一五日より右完済迄、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被告らの主張に対し、
過失相殺の主張は争う。
と述べ、
被告ら訴訟代理人は請求棄却、訴訟費用原告ら負担の判決を求め、
答弁として、
一、請求原因第一項の事実中、被告会社の雇人である被告今北が被告会社所有の自動車を業務上運転中、原告ら主張の日時場所において、被害者である当時三才の原告らの長女木原尚子に接触し、よつて同女を死亡させたことは認めるが、被告今北の過失の点は争う。
同第二項、第三項の事実はいずれも争う。
二、本件事故において被告今北には運転者としての注意義務を欠いた過失はない。
即ち被告今北は当時、時速約三〇粁の安全運転で本件事故現場にさしかかつた際、前方一二、三米進行方向左側の水溜の中に三才位の男児と母親らしい二人を発見した。そこで同被告はその動静に注意しながら約四米迄接近したが、男児が車道に飛び出しかけるのを認めたので、同被告は接触をさけるため一旦ハンドルを右に切つて車を右側によせた。しかし母親らしき人が男児を制したので再び車を中央に戻そうとして前方を見たところ、突然今度は逆方向である進行方向右側より、被害者が前方数米の車道内に入り込んできたのを発見した。そこで同被告は直ちにハンドルを左に切り衝突をさけようとしたが及ばず、自車の右前部を同女に接触させた。
しかし何人といえども二人の幼児が同時に危険区域内にあることを予期できず、本件の場合運転者が右男児の行動に注意を集中するのは当然であつて、これと同時に車道前方の注視を求めることは運転者にとつては全く不可能である。
従つて被告今北を運転者としての注意義務を十分尽くしたものというべきである。
仮に右運転者の過失が否定できないとしても、黒崎えみ子は被害者の監督を頼まれたものではないから、その監督義務者ではない。従つて被害者を車道上に飛び出さしめた親権者である原告らに右監督義務に反した重大な過失があるから、損害額につき右過失を斟酌すべきである。
三、原告ら主張の損害請求の内、墓碑代金は本件事故と相当因果関係がないから不当である。
と述べた。
証拠(省略)
理由
一、被告会社の雇人である被告今北が被告会社所有の軽四輪貨物自動車を業務上運転中、原告ら主張の日時場所において被害者である原告らの長女木原尚子(当時三才)に接触し、そのため同女を死亡させたことは当事者間に争いがない。
二、成立に争いのない乙第三ないし第五号証、被告今北益男本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は巾員一八米、直線で見通しのよい市電軌道併用道路東行車道上であつて、右事故当時は夕暮時であつたが、未だ車の前照灯を点灯しない方が見通しのきく程度の明るさであつたこと、被告今北は本件自動車を運転し、右東行車道上を時速約三〇粁で東進中であつたが、松原通五丁目の市電停留所を通過直後、一三、四米前方の車道内の歩道際水溜で遊んでいる男児を発見したこと、そこで同被告は右男児の動向を注視しつつ車を進めたが、同児が進路上へ飛び出しそうになつたので、同被告は一旦ハンドルを右に切つたこと、しかし附添人が男児を止めるのを見てハンドルを左に切つて車を中央に戻し、前方を見た瞬間、同被告は始めて車の進路直前一米の所に進路右側より入つて来る被害者を発見したこと、同被告は直ちに急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切つてこれを避けようとしたけれども、右措置をとると殆んど同時に車の右前部を被害者に衝突させたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
車両の運転者はハンドル、ブレーキ等の装置を確実に操作し、道路及び交通等の状況に応じ他人に危害を及ぼさないような速度と方法で安全運転をなすべき義務を負い、特に進路附近に幼児等のいる場合、その動向に十分の注意を払うのは勿論、その行動は全く予測をなし難いものであるから、幼児の動向に応じ臨機の措置をとり得るよう車を徐行せしめ、必要により一時停止して不測の事故を防止する業務上の注意義務を負う。
しかるに叙上認定事実によれば被告今北は、本件事故直前車道左側水溜で遊ぶ男児とその附添人を発見したのみで、見通しよく右の場所附近に容易に発見できた筈の被害者に全く気づかず、接近と共に一旦進路上に飛出しそうになつた右男児の行動にあわてて単にハンドルを右に切つたのみで従前の速度のまま進行し、その間前方に対する注意を全く欠いたため、右男児は附添人の制止により避譲したものの、被害者の姿には衝突寸前迄全く気づかなかつたものである。そして仮に被告らの主張する如く、右の場合同被告が右男児を避譲することに注意を集中しているため、同時に前方への注意を払うことが不可能であるとすれば、自車を直ちに停車する措置をとるのが当然であるから、以上同被告は前方注視を怠り且つ幼児の避譲につきその運転に適切を欠いた安全運転義務違反の過失がある。
そして前掲事実によれば、被告会社は本件自動車を運行の用に供する者であることは明らかであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条により、被告今北は右過失に基く不法行為責任により、各自連帯して本件事故により被害者及び原告らの蒙つた以下の損害につき、その賠償義務を負う。
三、そこで右損害額について判断する。
原告木原覚本人尋問の結果により認められる原告両名の学歴及び資産状態から推して、原告両名の長女である被害者木原尚子は少くも新制高等学校を卒業して一八才より就職し、当裁判所に顕著な女性の平均婚姻年令二四才(厚生省大臣官房統計調査部の資料による)に至る六年の間は、原告ら両親の扶養を受けながら、就職当初から、少くとも成立に争いのない甲第一〇号証によつて認められる一般女子労働者の昭和三六年度平均月間給与額一万九八二円の純収入を受け得るものと認められる。
従つて被害者は本件事故により少くも右と同額の得べかりし利益を喪失したこととなるから、原告木原覚本人尋問の結果によつて認められる本件事故当時三才一一カ月であつた同女につき、右純入の合計額についてホフマン式計算により中間利息を控除した現価は金四二万六八九八円であることは計数上明らかである。
そして右につきその相続人に当る原告らは、各右損害賠償請求権の二分の一宛を相続した。
つぎに原告木原覚本人尋問の結果により成立の認められる甲第一号証の一、二、第三ないし第六号証及び同原告本人の供述によれば、同原告は被害者の葬祭費用として合計六万六二〇八円、被害者の仏壇贈入費として金一万五五〇円を支出したことが認められる。
なお原告木原覚は右の外墓碑建立費用金二六万円を本件事故の損害として請求するけれども、右墓碑建立の費用についてはこれを本件事故による相当損害とは当然にはなし難いところであるので右請求金額は認容し難い。
更に原告らの慰藉料の点についてみるに、前掲認定の本件事故の態様、弁論の全趣旨によつて認められる当事者双方の一切の事情を斟酌するときは被害者の両親である原告らの蒙つた精神的損害に対する慰藉料の額は、各自原告木原富子の主張する金三九万円と認定するのが相当である。
以上原告らの損害賠償請求権の合計は、原告木原覚につき金六八万二〇八円、原告木原富子につき金六〇万三四五〇円となるところ、原告らは責任保険金五〇万円を受領し、右請求額より各二五万円宛控除すると自陳するので、これを差引いた金額は原告木原覚につき金四三万二〇八円、原告木原富子につき金三五万三四五〇円となる。
四、そこで被告らの過失相殺の抗弁について判断する。
成立に争いのない乙第六号証、原告木原覚本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告ら居住家屋は本件市電軌道併用車道の西行車道に接する歩道に面しているが、被害者は始めその妹と共に父親である原告木原覚の監視の許に、右自宅横路地で近所の遊び友達らと遊んでいたものであること、しかし同原告が被害者の妹のおしめを取り換えるための自宅へ帰るに当つて、右の場所自体は特に危険がなく、遊戯中の被害者らの側には一緒に遊んでいる岩谷昌作の附添人として訴外黒崎しま(当四六年)がいることであるので、同原告は被害者を右場所において帰つたこと、右場所での遊戯にあきた被害者らはやがて車道側へ出て市電軌道を横断し向い側の東行車道に入り、本件事故現場の水溜で遊び出し右黒崎も右昌作について右水溜附近にいたこと、右黒崎は原告方より二軒隣の岩谷方へ手伝いにきており、原告らとは顔見知り程度の面識しかなく、従つて被害者の監督について同原告より何らの依頼も受けたものでなかつたけれども、同女は当時孫である昌作の附添をしながらその遊び相手である被害者に対しても事実上種々気をつかつていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
そして叙上認定事実によれば、交通頻繁な車道に接した路地で遊戯中の三才の幼児を放置していた親権者原告らには、たとえ右認定の如く遊び相手の幼児に附添人が居ても、被害者に対する監督義務を怠つた過失を否定できない。
以上被害者側の過失の程度と前掲認定の被害今北の業務上の過失の程度と比較考慮するときは、右過失の程度は原告らにおいて三、被告らにおいて七の割合で斟酌するのを相当と認める。
そこで右割合によつて過失相殺をなすと、本件損害賠償額は原告木原覚において金三〇万一一四六円(端数切上)、原告木原富子において金二四万七四一五円となる。
五、以上説示したとおり原告らの本訴請求中、被告らに対し各自連帯して右各金員の支払及び右金員に対する前掲本件事故の日の翌日である昭和三八年九月一五日より右完済迄、年五分の民事法定利率の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余の部分は失当であるので棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
別紙 第一
<省略>
<省略>
別紙 第二
<省略>